
▲梁取のブナ林の様子
今回の観察会では、ブナ林にどのような昆虫が生息しているのか、なるべく多くの種を観察するため、事前に昆虫採集用のトラップをいくつか設置し、それらにかかった昆虫や道中で見られた生きものについてブナセンター指導員が解説しました。
ブナ林の入り口では、若いブナの葉についた虫こぶ、ブナハマルタマフシが観察されました。虫こぶは、昆虫に産卵・寄生された植物の組織が異常成長することで形成され、大半がこぶ状になるため、そう呼ばれています。ブナハマルタマフシは、タマバエ科(双翅目)の仲間の仕業です。新緑の時期、開ききったばかりの柔らかいブナの葉に産卵します。
▲ブナの葉にできたブナハマルタマフシ
林内に入ると、エゾゼミとコエゾゼミの鳴き声が梢から聞こえてきました。7月下旬から現れるこれら2種の鳴き声はよく似ています。「ジーーー」と鳴くエゾゼミに対し、コエゾゼミはそれよりも少し高い音で鳴きます。ブナの幹には、赤茶色のエゾゼミの抜け殻が見られ、幼虫がこのブナ林内の土壌中で成長していることが分かります。成虫の姿を見ることはできませんでしたが、指導員は、エゾゼミとコエゾゼミの成虫の写真をお見せしつつ、生態について解説しました。

▲ブナの幹に付いていたエゾゼミの抜け殻
林床に目を向けながら歩を進めていると、低木で翅を休めていたヤママユのオスを見つけることができました。翅をひろげると10pほどもある大型の蛾で、幼虫は主にブナ科植物の葉を食べて育ちます。只見町では8月頃から成虫が現れますが、夜間灯りに集まった個体を除けば、日中に見ることはそう多くありません。ヤママユの雌雄の違いなどを解説し、元の場所に放してやると、一仕事を終えたかのように森の奥へと静かに飛んでいきました。
▲林床の低木にとまっていたヤママユのオス
次に、遊歩道沿いに仕掛けておいたトラップを見て回り、かかった昆虫を観察しました。写真にある傘付きのトラップは、衝突版トラップ(フライトインターセプトトラップ、通称FIT)と呼ばれ、地表付近を低く飛んでいる昆虫を透明の板に衝突させ、地面の容器に落とす仕組みとなっています。容器の中をのぞくと、ハネカクシという甲虫の仲間やカマドウマ類の幼虫が少しだけ入っていました。
▲衝突版トラップの容器内をのぞく参加者
道沿いには、落とし穴トラップ(ピットフォールトラップ)も仕掛けておきました。これは、プラスチック製のコップを地面に埋め、地表を歩いて移動する昆虫を落として捕獲するトラップです。仕掛けておいた10個のコップの中身を確認していくと、クロナガオサムシ、マイマイカブリ(幼虫)、クロツヤヒラタゴミムシなど、ブナ林の地表に生息するオサムシ科の仲間が入っていました。クロナガオサムシの幼虫は双翅目や鱗翅目の幼虫を捕食します。マイマイカブリはカタツムリを捕食することで有名ですが、あまり目にすることのない幼虫の姿に参加者は驚いていました。また、色鮮やかなセンチコガネという糞虫もトラップにかかっており、この仲間が動物の糞や死体、腐ったキノコ類に集まることを、指導員が解説しました。
▲設置した落とし穴トラップ

▲落とし穴トラップにかかったクロナガオサムシ

▲マイマイカブリの幼虫
ブナの奇木がある中間地点を過ぎると、ブナの幹に止まっていたヨコヤマヒゲナガカミキリを見ることができました。日本固有種で、ブナとイヌブナの生立木しか食べない唯一のカミキリムシです。幹に止まっている成虫の姿は、見事なまでにブナの樹皮とそっくりで、保護色となります。日中は、ブナの梢で細枝をかじっていることが多いですが、夕刻になるとメスは地表部に下りてきて、ブナの根際に産卵します。羽化した成虫が、幹から脱出する際にあける丸い穴(脱出孔)は、そのブナ林に本種が生息している証です。

▲ブナの幹にいたヨコヤマヒゲナガカミキリのメス

▲ヨコヤマヒゲナガカミキリの脱出孔
本観察会ではブナ林の昆虫に焦点を当て、ゆっくりと時間をかけて観察の森を歩きました。目視による探索やトラップを通して、ブナを直接利用する昆虫から、ブナ林を主な生息環境とし、他の生きものと関わりながら生活しているものまで、実際に現物を見ることができました。参加者からは「ブナ林にたくさんの昆虫が生息していること、ブナだけを食べる昆虫がいることは面白い」といった感想が寄せられました。
ご参加いただいた皆様、本当にありがとうございました。